攻撃機リスト > 九七式艦攻
基本情報 †

| 九七式艦攻 T3 |
 | 種別 | 攻撃機 |
| 特性 | 雷撃 |
| 所属陣営 | 重桜 |
| 最大強化 | +7 |
| 装備性能 |
| 基本攻速 | 14.47s/回 → 13.37s/回 |
| セイレーン作戦用補正 | 0% |
| 艦載機耐久 | 144 → 296 |
| 装備補正 | 航空+12 |
| 艦載機速度 | 48 |
| 艦載機最大回避 | 4 |
| 到達ダメージ係数 | 148 |
| 2 x 7.7mm機銃 |
| ダメージ | 10 → 20 |
| 基本攻速 | 0.48s/回 → 0.41s/回 |
| 機銃射程 | 24 |
| 機銃射角 | 80 |
| 2 x 航空魚雷-重桜 |
| ダメージ | 48 → 182 |
| 魚雷速度 | 3 |
| 対甲倍率 | 軽80 / 中110 / 重130 |
| 九七式艦攻 T2 |
 | 種別 | 攻撃機 |
| 特性 | 雷撃 |
| 所属陣営 | 重桜 |
| 最大強化 | +3 |
| 装備性能 |
| 基本攻速 | 14.66s/回 → 14.09s/回 |
| セイレーン作戦用補正 | 0% |
| 艦載機耐久 | 130 → 188 |
| 装備補正 | 航空+5 |
| 艦載機速度 | 48 |
| 艦載機最大回避 | 3.5 |
| 到達ダメージ係数 | 148 |
| 2 x 7.7mm機銃 |
| ダメージ | 9 → 12 |
| 基本攻速 | 0.50s/回 → 0.47s/回 |
| 機銃射程 | 24 |
| 機銃射角 | 80 |
| 2 x 航空魚雷-重桜 |
| ダメージ | 44 → 97 |
| 魚雷速度 | 3 |
| 対甲倍率 | 軽80 / 中110 / 重130 |
| 九七式艦攻 T1 |
 | 種別 | 攻撃機 |
| 特性 | 雷撃 |
| 所属陣営 | 重桜 |
| 最大強化 | +3 |
| 装備性能 |
| 基本攻速 | 14.91s/回 → 14.35s/回 |
| セイレーン作戦用補正 | 0% |
| 艦載機耐久 | 115 → 168 |
| 装備補正 | ±0 |
| 艦載機速度 | 48 |
| 艦載機最大回避 | 3 |
| 到達ダメージ係数 | 148 |
| 2 x 7.7mm機銃 |
| ダメージ | 8 → 11 |
| 基本攻速 | 0.53s/回 → 0.49s/回 |
| 機銃射程 | 24 |
| 機銃射角 | 80 |
| 2 x 航空魚雷-重桜 |
| ダメージ | 40 → 88 |
| 魚雷速度 | 3 |
| 対甲倍率 | 軽80 / 中110 / 重130 |
| 装備可能艦種 |
| 駆逐 | | 軽巡 | | 重巡 | | 超巡 | | 巡戦 | |
| 戦艦 | | 軽母 | ○ | 空母 | ○ | 航戦 | | 潜母 | |
| 砲艦 | | 潜水 | | 工作 | | 運送 | | 風帆 | |
| 備考 |
| 無し |
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特徴・運用法 †

メイン海域2-4にて、最も早く設計図での入手ができる収束タイプの攻撃機。
投下魚雷数は2発で、お世辞にもあまり強い装備ではないが何も装備していないよりはマシ。
同じく2-4で設計図が手に入るTBDデバステイターよりは基本攻速が早い。収束タイプ攻撃機の使い勝手がどのようなものかを序盤のお試しで使ってみるのもいいかも。
兵装開発にて重桜攻撃機&爆撃機の起点となっているものの、この装備を含め発展先の完成品が蔵王装備箱から容易に出るのでコレクター以外でとっておく必要はほぼ無い。
歴史 †

正式名称「九七式三号艦上攻撃機」。
- 戦果で言うならばおそらく日本海軍の艦載機の中では一二を争うほど話題に挙がる攻撃機。
後継機開発の難航もあり、登場から終戦まで戦線を支え続けた。
- 開発当時の日本における技術の集大成と言える機体である。
- 搭載された航空魚雷ともども実戦投入された頃は当時もっとも進んだ攻撃機と言えた。
- 1936年、日本海軍は九六式艦上攻撃機*1を配備し始めた。
- この機体はソードフィッシュのように堅実な機体で、最大速度277km/h、航続距離1500km程度。
性能も良好であったが世界の主流は複葉機から全金属、単葉機へと移り変わりつつあり米海軍ではTBDデバステイターの配備を開始していた。
- TBDは1936年当時は各国の中では頭一つ飛び抜けた性能を誇っていた。
- 日本海軍もその情勢を手を拱いて見ているわけにはいかず、中島飛行機と三菱重工業による競争試作から始まった。
- 試作した結果、両者共に全金属単葉機となり性能は甲乙付けがたかった。
- 中島機は主脚が収容できスマートだが、搭載するエンジンは九六式艦上攻撃機に積んでいたエンジンと同じで710馬力と低かった。
- 三菱機は固定脚と一見古臭いが、中島機にある主脚の格納機能などがないので整備箇所が少なく分整備が容易。
かつ中島機に比べ大馬力の1000馬力の金星エンジンを積んでいた。
- 両者はこの時点では性能的に大差ないという具合であった。
- 結果、九七式一号艦上攻撃機として中島機が、九七式二号艦上攻撃機として三菱機が採用された。
- 九六式艦上攻撃機に比べれば両機はいずれも最大速度が370km/h程度と、九六式に比べ最大速度で100km/h以上の向上を見せている。
航続距離においてもいずれも2000km以上となり、格段に近代的な機体であった。
- ただ中島飛行機としては一号機のエンジンは仮のもので中島にとって本命の栄エンジン(970馬力)が完成すると、早速載せ替えている。
元々の機体設計は栄エンジンに合わせて行っていたので、速度や場上昇力などの性能は向上した。
- これが九七式三号艦上攻撃機として採用され開戦時には主力機となる。
- 余談だが、三菱機の九七式二号艦上攻撃機については、終戦まで連合国はその存在を察知していなかった。
生産数が少なく、その上横から見ると九九式艦上爆撃機と見た目がそっくりなせいである。
- 当時の世界各国の航空魚雷は極めて不安定でデリケート。
速度を限界まで落として卵でも扱うかのように姿勢と投下速度に気を配って放つ必要があった。
日本海軍が実戦投入した「91式魚雷」は、
九七式艦攻の水平飛行最高速度で多少の高高度から浅瀬や荒れた海に投下しても安定している。
当時の航空隊の錬度も合わせ、太平洋戦争開戦時に米海軍が目にしたのは
従来の雷撃危険域の範囲外から最高速度で突っ込んできて肉薄魚雷をお見舞いしてくる航空隊
という現実であった。
雷速も高く避けれたもんじゃなかったため何隻もの空母が出オチの目に合い、
米海軍としては対空火器の強化を急速に進めるハメとなった。
- ドイツにも日本から実物と技術を供与された。
スツーカによる急降下爆撃機の活躍により「艦船は爆弾で十分」とドイツ空軍は考えていた節があり、航空魚雷に関しては遅れていた。
開戦時のドイツで生産されていた航空魚雷は月産数十本と需要を満たすには全く足りず、
しかも大半が投下実験で消費されており部隊に供給された数はさらに少なくなった。
急降下爆撃による爆弾は商船や駆逐艦などの小型艦はともかく、巡洋艦以上の大型艦は艦上構造物を破壊程度に留まる。
急降下爆撃は基本的に装甲貫通力は低く、よほど当たり所が悪く無い限り浮力を奪えず撃沈に至らないのである。
- 第二次世界大戦初期においては申し分の無いスペックだった。
- 緒戦から各戦線で活躍をしていたが時間経過と共に各国の航空機の世代交代などもあり型落ち状態に。
- しかし日本は後継機の開発に難航。
結局終戦までこの機体は現役であり続けることとなった。1400機程が生産された。
- 1945年8月、ソ連による宣戦布告で北千島に侵攻してきたソ連船団に対して占守島から残存する陸軍機体と共に出撃し攻撃に参加している。
この出撃は日本海軍艦上攻撃機による最後の戦闘になった。
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