春月

• 大日本帝国海軍が建造した秋月型駆逐艦の9番艦「春月」。文字通り「春の月」を意味する。
• 1941年度戦時建造計画の乙型一等駆逐艦362号として建造が決定。当初は三菱長崎造船所で建造する予定だったが、佐世保海軍工廠に変更された。
  1943年12月23日起工。1944年5月10日に駆逐艦「春月」と命名され、8月3日に進水式を迎える。そして12月28日に竣工。呉鎮守府第11水雷戦隊に編入された。
  • 竣工直後の12月29日、宵月艦長の中尾小太郎中佐が遠路はるばる佐世保に来訪し、停泊中の春月を見学している。
• しかし既に南方との連絡は断たれ、訓練用の重油すら事欠く状況だった。絶望的な戦局もあって、春月が海戦に参加する事は無かった。
  原則、連合艦隊は貴重な艦隊型駆逐艦を船団護衛に回したくなかったが、戦況がそれを許さなかった。春月は終始船団護衛と通商保護に奔走する事になる。
  • それでも、春月のような貴重な大型駆逐艦を護衛任務に回すのは否定的な意見が相次いだ、船団護衛に使用するのは勿体無い、乗員が護衛任務に慣れていない、かけがえの無い虎の子部隊を、いたずらに消費するのは好ましくない等、意見が百出だったようである。
    大島一太郎大佐は「秋月型のような大型駆逐艦は小型巡洋艦と言えるくらいあって、敵潜の標的になりやすい」と危惧している(戦史叢書第046巻 海上護衛戦)。
  • 要目は排水量2,888トン、全長134.2m、全幅11.6m、速力33ノット、乗員447名。秋月型だけあって大型で、その排水量は軽巡洋艦夕張をも凌駕した。
    就役時には、既にネームシップの秋月がレイテ沖海戦で沈没していたため、冬月型と呼称されていた。
• 1945年1月3日、第1護衛艦隊第103戦隊に編入され、旗艦となる。旗艦任務を遂行するため改装工事が行われ、前部マストに22号及び13号電探を、後部マストに13号電探を装備した。
  前部マストの下部には旗艦施設が設置されたが、重量オーバーになったため他の姉妹艦には装備されている25mm機銃座が取り払われている。
• 1月19日に佐世保出港可能の見込みになるも、乗員の錬度不足が浮き彫りになり、最小限度の訓練のため1ヶ月の猶予を要求している。
• 1月20日、工事完了。午前9時30分に佐世保を出港する。徳山へと回航する事になり、極力燃料を節約しながら速力試験を実施。
  17時33分に六連島へ寄港。翌21日午前9時20分に出港し、1月22日14時1分に徳山へ到着。300トンの燃料を搭載する。1月23日13時、将旗が翻った。
  その40分後、徳山を出港。教練訓練を行いつつ八島へ向かう。16時55分、八島錨地に到着。間を置かず18時に出港し、航海中に砲戦強襲訓練を実施。
  門司にて久宗米次郎少将が乗艦し、名実ともに旗艦となった。翌24日22時3分に山口県東部の安下庄へ寄港、しばらく停泊する。その後、第11水雷戦隊の指揮下に入って瀬戸内海西部で訓練。
• 2月1日、戦闘教練に従事。翌2日、整備査閲実施。5日、司令官による教育査閲を実施。砲術科と機関科の査閲が行われた。続いて応急教練に従事。
  同月9日、初弾精度向上のために射撃訓練と電探訓練、対空射撃訓練を実施。17時42分、安下庄を出発。更なる訓練のため佐伯へと回航される。
  2月18日に佐伯航空隊協力の下、対磁探機訓練と対潜攻撃訓練を実施。翌19日は対潜訓練を行う。21日、対潜訓練部隊の協力で対潜掃討訓練と夜間電測、射撃訓練を実施した。
  2月23日午前6時25分、佐伯から出港。午前7時32分に呉へと入港した。とりあえず2月末で訓練は完了。いよいよ外洋へ蹴りだす時が来た。
• 3月6日午前6時、呉を出港。16時50分に門司へ到着。翌7日16時50分、門司を出港。第103戦隊は鎮海警備府護衛隊に転属し、鎮海へと向かう。同月8日15時52分に鎮海へ入港した。
  3月14日午前9時から海防艦隠岐等とともに鎮海で対潜掃討。翌15日15時34分、荷衣島に到着。しばらく現地で停泊し続ける。貴重な大型駆逐艦かつ旗艦だからか、前線に出る事は少なかった。
  • 3月末、大挙して飛来するB-29が機雷を投下し、下関海峡や太平洋沿岸の主要港が封鎖される。投下される機雷は磁気機雷、音響機雷、磁気水圧機雷など、
    日本側の掃海能力を上回るものだった。もはや春月が移動出来る海域は、日本海側のわずかな範囲であった。
    また3月以降は米潜水艦が東シナ海や黄海方面に出現するようになってきた。
• 4月25日、荷衣島にて第103戦隊の旗艦の座を海防艦隠岐に継承。5月に入ると連合軍の攻撃が激しくなり、船舶への被害は増加の一途を辿った。
• 6月1日、黄海方面護衛部隊に転属する。しかし沖縄本島陥落と敵航空隊進出により攻撃は苛烈を極め、哨戒線を朝鮮半島西岸や対馬海峡まで後退させられる。
  その影響か、同月28日には佐世保鎮守府指揮下の対馬海峡部隊に転入している。
• 7月1日に佐世保へ入港。3日に出港し、対潜掃討に従事する。大本営海軍部は第103護衛隊を第1護衛艦隊から除き、第7艦隊に編入。7月10日、第103戦隊は佐世保鎮守府に転籍。
  この時、残っていた戦力は春月と海防艦10隻だった。
• 7月26日深夜、釜山から出港する老朽船を護衛する。第一次世界大戦でドイツから押収したという船齢40年のオンボロ汽船には、震洋特別攻撃隊が乗っていた。
  出港から約1時間後、玄界灘に差し掛かったところでオンボロ汽船に2本の水柱が立った。敵潜水艦に雷撃されたのである。汽船は左に傾き、あっという間に沈没した。
  春月は投げ出された生存者を救助した。

• そして8月15日の敗戦を迎えた。戦闘に参加していないため、戦死者はゼロであった。
• 終戦に伴って、呉へと入港。戦争は終わったが、外地には600万人の将兵や邦人が取り残されており、彼らを復員させる必要があった。
  無傷で生き残っていた春月は、復員船におあつらえ向きだった。10月5日、除籍とともに復員船に指定され、南方方面の復員任務に従事する。
  特に南方は食糧が少なく、栄養失調や疾病が流行していたため、連合軍は真っ先に春月を向かわせたという。柏第12501部隊を収容し、11月8日に浦賀へ到着。11日に上陸させた。
  続いて宵月や高砂丸とともに、12月にフィリピン方面へ向かった。
• 1946年2月5日、ブカ島の第87警備隊と呉鎮守府第7特別陸戦隊の一部を収容。3月5日にはニューブリテン島の第105航空基地隊1,066名を収容し、
  5月1日に残っていた435名を収容した。11月21日、宵月とともに、葫蘆(ころ)島にて満州から逃げてきた避難民を乗艦させた。

• 復員業務完了後は、春月はソ連に賠償艦として引き渡される事になった。1947年8月20日午後1時、杵崎型給糧艦荒埼に艦長や航海長、機関長、
  ソ連側の連絡将校ドシスコイ少佐が会同し打ち合わせを行う。同月25日午前7時30分、引き渡し地のナホトカに向けて佐世保を出港。
  伴走者は春月同様に賠償艦となった荒埼で、速力10ノットで航行。航行中、荒埼から潤滑油の流出が見つかり、6ノットに減速する。
• 8月26日午前5時30分、ソビエト行きを拒むかのように春月も発電機が故障し、落伍。応急修理の末、午前8時25分に復旧。船団に加わった。
  翌27日にはナホトカとの連絡が取れるようになり、誘導を受ける。
• 8月28日午前4時、ナホトカ外港に到着。午前7時には全艦の投錨が完了し、ソ連軍の士官や乗組員が艦内を視察。午後2時から日ソの乗組員で訓練航海が始まった。
  艦橋からは抑留された日本人が労働に赴く姿が見られ、やりきりない思いをしたという。引き渡し任務は何事も無く進み、完遂。
  ホスペシュニー級駆逐艦ホスペシュニーに改名されたが、9月25日にヴネザープヌイと改名。
  しばらくソ連海軍で運用されたが、最初の1年間は保管されていた。1949年4月28日、練習艦となりジャイロコンパスや37mm自動砲21門等が搭載された。
  艦名もオスコールに変更され、新たな艦生を歩み始めた。しかし兵器の急発達についていけず、1954年3月に修理が打ち切られる。
• 1955年1月1日、練習艦から浮き宿舎に転用。PKZ-65に四度目の改名。6月頃、標的艦TSL-64に改名。1965年、PKZ-65に名が戻っている。変わり過ぎィ！
• 1969年6月4日、ついに除籍。標的艦として撃沈処分された。
• 海軍国であるイギリスやアメリカは日本からの賠償艦をすぐにスクラップ処分にしたが、逆に海軍力に乏しい中国やソ連は自軍に編入して再就役させた。
  春月も妹の宵月も異国の地で第二の艦生を歩み、そして処分された。

末尾の番号が若いほど、古いログになります。

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