#title(神風の詳細・評価・オススメ装備)

[[艦種別リスト>キャラクター/艦種別]] > ''神風''
[[艦種別リスト>キャラクター/艦種別]] > ''神風''

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#contents

*基本情報 [#o602c0d6]
|CENTER:450|CENTER:84|CENTER:90|CENTER:84|CENTER:90|c
|~No.269|>|>|>|~プロフィール|
|&attachref(神風全身.jpg,zoom,450x525);|~名前|>|>|&ruby(カミカゼ){神風};|
|>|>|>|>|~プロフィール|
|&attachref(神風全身.jpg,zoom,450x525);|~名前|>|>|&ruby(カミカゼ){神風};&br;IJN Kamikaze|
|~|~レアリティ|>|>|R→SR|
|~|~艦種|>|>|駆逐|
|~|~陣営|>|>|重桜|
|~|~建造時間|>|>|00:20:00|
|~|~CV|>|>|朝日奈丸佳|
|~|~イラスト|>|>|NoriZC|
|~|~耐久|D→D|~火力|D→D|
|~|~雷装|B→B|~回避|A→A|
|~|~対空|D→C|~航空|E→E|
|~|~航速|>|>|44→47|
|~|~SD|>|>|&attachref(神風.gif,nolink);|
|>|>|>|>|~自己紹介|
|>|>|>|>|神風型駆逐艦の一号艦、神風じゃ。&br;第一駆逐隊に所属したわっちのこの名は、力強い響きじゃろ?(笑)&br;大戦初期から太平洋諸島で転職し、伊達や酔狂で艦隊の大先輩をやっておらんのじゃ。&br;こう見えても、対潜は得意じゃ。あの狼の群れとやらとの死闘を思い出す度に血が滾るよのう〜|
|>|>|>|>|~入手方法|
|>|>|>|>|建造で入手|
|>|>|>|>|建造|

|>|>|>|>|>|>|>|>|~ステータス(MIN/MAX)|
|CENTER:61|CENTER:95|CENTER:95|CENTER:61|CENTER:95|CENTER:95|CENTER:61|CENTER:95|CENTER:96|c
|~耐久|252|1301|~装甲|>|軽装甲|~装填|77|182|
|~火力|11|52|~雷装|77|362|~回避|72|187|
|~対空|26|121|~航空|0|0|~消費|1|7|
|~対潜|50|183|>|>|>|>|>| |

|~運|>|86|>|>|>|>|>||
|~装備枠|~初期装備|~補正(MIN/MAX/全改造)|~最大数((各行動時に攻撃を行う砲座数や艦載機数))|
|CENTER:120|CENTER:369|CENTER:160|CENTER:160|c
|駆逐主砲|[[120mm単装砲T1B>120mm単装砲B]]|70%/75%/75%|1|
|魚雷| |120%/140%/145%|2|
|対空| |70%/75%/80%|1|
|設備|-|-|-|
|設備|-|-|-|

|>|~スキル名|~効果|
|CENTER:60|CENTER:150|LEFT:610|c
|&attachref(img/歴戦の躯_icon.jpg,nolink,70%,歴戦の躯);|歴戦の躯|発砲時4%で発動。8秒間自身の回避が20.0%(最大レベルで50.0%)アップ|
|BGCOLOR(#e9eefd):&ref(img/第一駆逐艦_icon.jpg,nolink,70%,第一駆逐艦);|BGCOLOR(#e9eefd):第一駆逐艦&br;(要改造)|BGCOLOR(#e9eefd):魚雷攻撃を受けた時10.0%(最大レベルで30.0%)で発動する。受けた魚雷ダメージを20.0%(最大レベルで50.0%)軽減し、自身の雷装が4秒間20.0%(最大レベルで50.0%)アップする|
|&attachref(img/全弾発射_icon.jpg,nolink,70%,全弾発射-神風型);|全弾発射-神風型I|自身の主砲で15回(IIで10回)攻撃する度に、全弾発射-神風型Iを行う|

//スキルアイコン→&attachref(img/スキル名_icon.jpg,nolink,70%);
//改造時に習得するスキルは色変え→BGCOLOR(#e9eefd):

|>|~上限突破|
|CENTER:60|LEFT:771|c
|~初段|全弾発射スキル習得/魚雷補正+5%|
|~二段|魚雷装填数+1/開始時魚雷+1/魚雷補正+10%|
|~三段|全弾発射弾幕強化/武器補正+5%|

|~全弾発射スキル|~特殊弾幕スキル|
|CENTER:415|CENTER:416|c
|&attachref(神風弾幕.gif,nolink);|-|

上記情報の参照元:[[http://wiki.joyme.com/blhx/>http://wiki.joyme.com/blhx/%E7%A5%9E%E9%A3%8E]]
大陸版wikiのページ:[[http://wiki.joyme.com/blhx/>http://wiki.joyme.com/blhx/%E7%A5%9E%E9%A3%8E]]

***MAXステータス [#o6dff059]
|CENTER:216|CENTER:216|CENTER:216|c
|>|>|~LV120好感度200|
|~耐久|~装甲|~装填|
|1561|軽装甲|209|
|~火力|~雷装|~回避|
|60|404|193|
|~対空|~航空|~消費|
|139|0|7|
|~対潜|>|~ |
|202|>| |

**改造 [#y1398513]
|CENTER:100|CENTER:200|CENTER:250|CENTER:70|CENTER:100|CENTER:120|c
|~改造内容|~詳細|~必要な設計図その他|~費用|~必須レベル|~必須レアリティ|
|艦体改修I|耐久+45|駆逐改造図T1 ×2|300|Lv1|★★|
|装填強化I|装填+5|駆逐改造図T1 ×2|400|Lv5|★★|
|魚雷改修I|魚雷補正+5%|駆逐改造図T1 ×3|600|Lv20|★★★|
|雷撃強化I|雷装+10|駆逐改造図T1 ×3|800|Lv25|★★★|
|対空砲強化I|対空補正+5%|駆逐改造図T1 ×3|1000|Lv35|★★★★|
|対空強化I|対空+15|駆逐改造図T1 ×4|1200|Lv40|★★★★|
|動力強化|速力+3|駆逐改造図T2 ×3|1500|Lv50|★★★★|
|戦術啓発|習得:第一駆逐艦|駆逐改造図T2 ×3|1800|Lv55|★★★★|
|艦体改修II|耐久+45 / +75|駆逐改造図T2 ×1 / ×2|2000 / 2000|Lv70|★★★★★|
|装填強化II|装填+5 / +10|駆逐改造図T2 ×2 / ×2|2500 / 2500|Lv75|★★★★★|
|近代化改修|命中+10&br;対空+25|駆逐改造図T3 ×1&br;同キャラまたはブリ ×1|3000|Lv85|★★★★★|
|総計|耐久 +165&br;装填 +20&br;雷装 +10&br;対空 +40&br;命中 +10&br;速力 +3&br;魚雷補正 +5%&br;対空補正 +5%&br;習得:第一駆逐艦|駆逐改造図T1 ×17&br;駆逐改造図T2 ×13&br;駆逐改造図T3 ×1&br;同キャラまたはブリ ×1|19600|Lv85|★★★★★|f

***改造後MAXステータス [#u3e1f540]
|CENTER:216|CENTER:216|CENTER:216|c
|>|>|~LV100好感度100/LV110好感度200/LV120好感度200|
|>|>|~LV100好感度100/LV120好感度200|
|~耐久|~装甲|~装填|
|1466/1677/1815|軽装甲|202/226/241|
|1466/1815|軽装甲|202/241|
|~火力|~雷装|~回避|
|52/59/64|372/415/437|187/201/204|
|52/64|372/437|187/204|
|~対空|~航空|~消費|
|161/177/187|0|7|
|161/187|0|7|
|~対潜|>|~ |
|183/??/214|>| |
|183/214|>| |

***改造後のキャラ絵 [#tf9d2e4a]
#region(改造後のキャラ絵を開く)
|&attachref(./神風改造.jpg,70%);|

#endregion

//***改造後ボイス
//#region(クリックでセリフ一覧を開く)
//|60||c
//|~||
//#endregion


*ボイス [#q0d1e494]
#region(クリックでセリフ一覧を開く)
|60||c
|~入手時|第一駆逐隊、第一号駆逐艦――神風、参上じゃ。お主が指揮官とやらに相違ないかえ?これからは楽しくなるかのう。うふふ、わっちの働き、ご覧遊ばせ〜|
|~ログイン|あら、よぉ来たかのぉ〜今日は何か面妖なことでもするんかえ?|
|~詳細確認|ほほぉ〜指揮官はわっちのどこに興味があるんかえ?|
|~メイン1|最後まで持ちこたえるのが勝ち組よ!|
|~メイン2|ホークビル!わっちほどではないが正に兵(つわもの)じゃな|
|~メイン3|第五戦隊…良い奴らよのう…|
|~メイン4| |
|~メイン5| |
|~タッチ|はて?なにかのう|
|~タッチ2|ほれ、指揮官の煩悩が溢れんばかりよのう。わっちがお祓いしてやろうかえ?|
|~タッチ3| |
|~任務|奉公か。見にいくかえ?|
|~任務完了|はて?奉公の給金かえ?どれ、運ぶ時は気を使うんじゃぞ!|
|~メール|伝書…ユニオンのお使い、じゃないのかのう…|
|~母港帰還|そら、今日も無事帰れたのう!褒美にわっちの栄養飲料でも飲め!ほれほれ〜遠慮せんで|
|~委託完了|今日も委託とやらを無事来なしたか。うむ、大儀じゃ!|
|~強化成功|うむ、元気溌剌じゃ〜(笑)これでまた大暴れできるよのう〜|
|~戦闘開始|潜水艦と魚雷には注意せえ。全力で行くのじゃ!|
|~勝利|ほれ!これぞ年季による実力じゃ!|
|~失敗|うぐぅ…この性能じゃやはり追いつけんかのう…|
|~スキル|一騎打とはいかずすまんのう|
|~損傷大| |
|>|BGCOLOR(#FFFFFF):COLOR(GRAY):CENTER:~▼好感度系|
|~失望|指揮官は存外つまらぬ輩よのう|
|~知り合い|指揮官。装備を新旧で評するのは丁稚三下のすることじゃ|
|~友好|趣味?三度の寝食に指揮官をいじることかのう。(大笑い)その顔が見たかったのじゃ |
|~友好|趣味?三度の寝食に指揮官をいじることかのう。(大笑い)その顔が見たかったのじゃ|
|~好き|はて、指揮官はどんな子が好みかのう〜わっち?それともおしとやかな?ーーそれはまことか?そーれ、しかと録音したわい☆はて、その子に聞かせてやるかのうー|
|~ラブ|(小声)指揮官…お主のこと、気に入っているのじゃ♡ーーはて、指揮官、顔が熱いのう〜耳元まで真っ赤になっとるえ|
|~ケッコン|指揮官、今ならまだ翻意しても遅うないぞ〜そうそう、じっくり、この神風のことをようお考え遊ばせ〜&br;うん?扉?はて、どうやら鍵をかけておったわい〜まったく困ったものよのう〜|

#endregion

*ゲームにおいて [#y943775b]
**性能 [#bf41d1f4]
***概要 [#m871a944]

低コストかつコスト相応の性能を持つ駆逐艦。
他国の駆逐艦より回避が高く、やはりズバ抜けた雷装値を持つなど、重桜らしさは押さえてある。
全体的な性能は、駆逐艦最弱を争う[[睦月]][[型>如月]]に1本毛が生えた程度となっている。実際は神風型のほうが旧式なのだが…

マスクデータである幸運値が駆逐艦中実質2位のため、命中と回避率に恩恵がある(神風より幸運が高いのは、ブリ2種と[[雪風]]のみ)。
幸運値が駆逐艦中実質3位のため、命中と回避率に恩恵がある(神風より幸運が高いのは、ブリ2種と[[雪風]]、[[マラニー]]のみ)。

[[時雨]]と神風は特徴がとても似ている。攻撃面では時雨の方が優れており、神風は燃料消費と装填・回避で優れている。
状況に応じて使い分けるのが重要といえる。

***攻撃性能 [#zcb57673]

火力は、主砲補正が100%を大きく割っていることもあり全く頼りにならない。
装填が高く、全駆逐艦で9位。全弾発射が前方に濃密な弾幕を発生させるので、発射速度最重視で全弾を回すのがよいだろう。
無凸では優秀な全弾発射を使えないため、他のN駆逐との差がほとんどなく、性能面ではあえて神風を選ぶ必然性はない。
独自性という観点からは、完凸Lv100での最低コスト艦の中で全弾発射が比較的優秀、という点が売りだ。
//この点は、神風同様にレアリティに対するコストが低い[[夕張]]にも言える。
//↑夕張と神風は運用が全く違い、引き合いに出す必要がないためCO

魚雷は重要なダメージ源。高い装填が活きて回転も速い。特化型の重桜駆逐には及ばないものの、そこらの他国のレア艦より高いダメージを叩き出す、神風の生命線。
ただし耐久が無いに等しいので、接射を狙いに行くなら敵の攻撃をよく見極め、回避スキル発動中に前進するなど、カウンターを貰わぬよう細心の注意を払おう。

史実で繰り広げた米潜水艦との死闘が評価されてか、重桜勢で第3位の対潜値を持っている。救助海域でコストを抑えたい時には貴重な対潜艦。

***スキル [#f0371dcb]

 「歴戦の躯」
装填の速さがスキル「歴戦の躯」のトリガーと噛み合っており、[[76mm砲]]を持たせるとポンポン発動する。
もとの回避が高水準のため、上昇幅は大きい。生存性はコレが唯一の頼りになる。

発動条件が被弾のエルドリッジや、一定時間ごとの「緊急回避」に比べると完全回避ではないものの、高い頻度で回避を上昇させられるのはメリット。

 「第一駆逐艦」(改造で取得)
魚雷に接触した時に10%〜30で発動。被ダメージの有無は関係がなく、missでも発動する。
発動時に被ダメージが発生した場合、受ける魚雷ダメージを20%〜50%減少させ、4秒間自身の雷撃値を20〜50%上昇させる。
「歴戦の躯」発動中に魚雷へ突撃、回避してこちらの魚雷を叩き込むという戦法を取れる。

回避率上昇があるとはいえ、敵Lv90〜100の魚雷は判定回避できなければ200程度喰らうので、施設で耐久面を補っておきたい。~
効果時間が短く、進むスピードが遅い磁性魚雷は発動確認後に寄っても間に合わない事がある。
魚雷を先に撃っておいてから、発動を期待して魚雷に接触するのも手。

***コスト [#o5b53e52]

神風の一番の特徴。特別に''通常の燃費ルールから外れた低燃費艦''で、レアのくせに初期で''1''しか無くノーマル駆逐艦と同じ燃費である。

***総評 [#be6655d2]

自動操作には全く向かない性能で手動操作が必須のうえ、魚雷や全弾発射が主ダメージソースで「当たってから当てに行く」スキルの存在など相当にクセが強いが、上手く操作できればコストパフォーマンスにかけては随一。
本作中でも屈指の玄人向けキャラである。

似た性能の艦には[[睦月]]がおり、神風は回避スキルがあるぶん防御寄りとなっている。

お手軽な[[フレッチャー]]基点の低燃費隊のようにシナジーは望めないものの、例えば「少人数レベリング周回をしたいが、あと1手だけ戦力が欲しい」という需要を埋めてくれる、小回りの効くのじゃロリお狐さまとなっている。

12/15のアップデートにてボイスが実装。
2018年3月9日に改造の実装が告知された。~
2018年3月9日に改造の実装が告知された。

***改造 [#v4d77cc6]

耐久が1400を超えようやく並程度まで改善、雷撃値は然程伸びないが装填が+20と大きく上昇、素で200を突破する。
そして何故か対空が+40もされる。対空補正も並以下ではあるが、装填の高さでそこそこ削ることは出来る。
マスクデータではあるが命中が10上昇し、元々高い幸運値によるクリティカル発生率にも磨きがかかる。
船速も+3され、魚雷と対空補正が5%ずつ上昇。


**オススメ装備/編成 [#rdb1030b]

スキル"歴戦の躯"を効果的に発動するには、発射速度の速い''[[76mm砲]]''または''[[120mm単装砲A]]''が適している。
火力も主砲補正もボロボロなので、砲撃でダメージを取ろうという考えはバッサリ捨てて良いだろう。

''[[610mm三連装魚雷]]''
接触ダメージですら痛手になるので、接近しての事故を防ぐために、単発ダメージとリロード速度に優れたコレで中〜近距離から狙撃するのもアリ。

''[[533mm五連装磁気魚雷]]''
オートに向く。神風は最大限界突破運用が推奨されるので、開幕に放たれるコレで敵に大きな打撃を与えられる。

''[[迷彩塗装]]''または''[[油圧舵]]''
回避を底上げして歴戦の躯の効果を高める。

''[[電気式揚弾機]] または [[自動装填機構]]''
装填速度を高めてスキル発動率を高める。

''[[改良型爆雷投射機]]''
元々高い対潜のダメージを数倍に伸ばす設備。使う場面は限定されるが、対潜が得意な艦には載せておきたい。

**キャラクター [#j2f3dc02]
-「カンレキ」の長さをダシに指揮官をからかってくる。古風的な喋り方から現代ものに疎いイメージを持たれるが、電子機器には意外と詳しく物好きな一面も。戦いに対してシリアスに考えており、自らの武勲に誇りに持っている。(公式Twitterより)
-一人称は「わっち」。古風な口調が特徴的な、いわゆる『のじゃロリ』。
-銀髪の前髪のひと房に赤のワンポイントが入っている。手には「幣(神事に用いられる道具の一つ)」を持っている。改装後は追加で巨大な「風鈴」を持つ。同時期に改造実装の[[松風]]が持つ巨大な「扇子」から察するに、風つながりのアイテムだろうか。
-同じ時代から活躍していた戦艦[[長門]]が実装され、こちらも尊大な雰囲気のロリ。一緒に関東大震災の救援へ駆けつけたこともある。
-本国版では中国共産党による摘発を避けるための自主規制で、自軍に編入すると名前が榊(さかき)に置き換わる。

*元ネタ [#o6161fc6]

八八艦隊計画で計画された2代目神風型駆逐艦、そのネームシップ。1922年9月25日進水、同年12月28日竣工。艦名は正しくは「檀」と記す。神風型駆逐艦には初代と2代目が存在し、こちらは2代目。同型艦9隻で、アズールレーンには''神風''、[[松風]]、[[旗風]]が実装されている。
睦月型の前級にあたる旧式駆逐艦でありながら、太平洋戦争を最後まで駆け抜けた武勲艦である。その中でも米潜水艦「ホークビル」との戦闘は特に有名。

//後期には戦艦大和や幸運艦[[雪風]]らを相手に演習を挑み、装備の性能差を物ともせずに圧勝。大先輩としての貫禄を見せつける。
前級にあたる峯風型の野風、沼風、波風(全て未実装)と共に第1駆逐隊を編成した。
前述の通り終戦まで生き残り、戦後は復員船として運用されていたが、最期は御前崎沖に座礁した海防艦「国後」の救援に向かうも自らも座礁。駆逐艦や曳船による引き下ろしを試みるも失敗し、2隻ともに放棄された。

#region(戦歴欲張りセット)
-大日本帝國海軍が建造した神風級駆逐艦一番艦。八八艦隊計画で建造が決定し、三菱重工長崎造船所で1921年12月15日に起工。1922年9月25日に進水し、
1922年12月28日に竣工した。竣工後、横須賀鎮守府第一駆逐隊に編入された。第一駆逐隊は峯風型で編成されており、神風が唯一の例外だった。
諸性能は排水量1270トン、全長102.6m、全幅9.2m、最大速力37.3ノット、出力3万8500馬力、乗組員154名、航続距離は14ノットで3600海里。
--神風型駆逐艦は、前級の改峯風型(野風型)を改良したものだった。復元性や安定感を増大させるため全幅が少し大きくなっている。
野風型の兵装配置を踏襲しつつ、艦橋前側面の壁はキャンバス張りから鋼製に変更。
しかし排水量が増加した事で速力は37.25ノットに低下している。神風には新開発の艦本式オールドギヤード・タービンが採用されており、
故障に悩まされていたパーソンズ式ギヤード・タービンに代わる新型エンジンとなった。このエンジンは[[夕張]]にも採用された。
峯風型より高圧タービンの直径を増やして回転数を減らし、巡航段落2群を追加する等をして燃費を改善している。
試行錯誤の時代だったためか、神風の艦橋には固定天蓋が無く、荒天時は艦橋要員がずぶ濡れになった。
後の特型駆逐艦とは異なり、主砲の数が適正だったため扱いやすさは良好だった。
--今までの駆逐艦は、イギリスを手本にして建造されていた。ノウハウを得た帝國海軍は、満を持して英国式から脱却。神風は、初の純国産駆逐艦として誕生した。
--八八艦隊計画では27隻の建造が予定されており、「風」に関する言葉から命名されるはずだった。ところが27種類もの言葉を選ぶのは不可能とされ、
苦肉の策として数字を用いるようにした。神風型一番艦には「第一駆逐艦」という無味乾燥な艦名が与えられた。
神風は、その名の通り「神の吹かせる風」を意味する。一般的には文永の役と弘安の役で、元の軍艦を沈めたとされる風を指す。
ちなみに他の候補名として清風があったという。
--神風型は全部で27隻建造されるはずだったが、ワシントン海軍軍縮条約により計画が破綻。27隻から9隻の建造に大幅縮小されてしまった。

-1923年2月18日、第一駆逐隊は呉を出港し、南洋方面で演習航海。3月22日に横須賀へ帰投した。8月25日、横須賀を出港。中国沿岸で演習航海をしていたが
9月1日に関東大震災が発生。急遽演習を取りやめ、徳山に入港する。そして9月6日から30日にかけて東京湾で救助活動を行っている。
-竣工時は第一駆逐艦と呼称されていたが、先代神風が1928年4月1日に除籍され欠番となる。襲名する形で8月1日に神風級駆逐艦神風に改名。
艦を数字で呼ぶ事に不満を覚えていた用兵側には喜ばしい変更だった。12月10日より大湊要港部所属となり、北方方面の哨戒に就く。
-1929年6月15日午前9時55分、給油艦襟裳が右舷に横付け。午前10時22分から給油を開始する。午後12時25分、作業完了。
-1930年12月1日、皇族の伏見宮少佐が艦長として就任。1932年5月1日まで務めた。
-1933年3月3日午前2時32分、三陸沿岸にて大地震と津波が発生。行方不明者309名、負傷者161名を出す惨事に発展した。横須賀鎮守府は神風、野風、沼風を急派。
翌4日午前11時頃、気仙沼に入港。被災者は狂喜乱舞して駆逐隊を迎え入れ、水兵たちはモーターボートで物資を揚陸した。そして連日海上の警備を実施。
気仙沼警察署が災害対策本部となり、神風及び野風の艦長と第一駆逐隊司令小林大佐が会同した。
8月25日、横浜沖で昭和八年度特別大演習観艦式に参加。神風型と峯風型で構成された第七列に連なった。
-1934年6月15日午前9時55分、ペトロパブロフスクにて補給艦襟裳から燃料補給を受ける。午後12時55分、送油完了。
-1935年3月1日、加熊別湾に回航された際に神風の錨が行方不明になる。これに伴って7月20日に溶接工事を受けている。
-1936年3月17日、第一駆逐隊の司令艦を波風から継承。8月29日午前8時、運送艦襟裳に横付けし重油180トンの補給を受ける。午前11時30分、完了。
-1937年6月10日午前4時、北方のロシア沿岸で蟹漁をしていた漁船がソ連の巡視船オスロコイに横付けされ、武装官憲8名が乗り込んでくる事件が発生。
漁船は至急電を打ち、神風、沼風、波風の各艦長に助けを求めている。北洋漁場を巡って日露が抗争しており、この事件も抗争の一角だった。
8月8日、運送艦襟裳より重油255トン、真水27トン、生糧品の補給を受ける。

-1940年4月、支那事変にて大湊東港部管内防備及び事変関係者の輸送に務めたとして勲労甲の評価が下された。
--1940年に入っても、北洋漁場を巡る諍いは続いた。4月に入ると、カムチャッカ半島西岸に向けて蟹工船が送られる。神風が所属する第一駆逐隊は
北海道周辺で訓練待機。「月月火水木金金」の精神は健在で、日々猛特訓が続いた。それが終わると、士気高揚のためのボートレースが開催される事に。
応援団は後部甲板に集まり、「われは神風、名のごとく、神の助けはわれにあり…遮るものはブッ飛ばせ!」という先任将校が即席で作った応援歌とともに
拍手の練習が行われた。レース当日は日の丸の扇子を持ち、顔に墨でヒゲを書き、主砲指揮所から総員を叱咤した。
同時期に神風座という有志の芸人チームが結成された。娯楽のない北方方面では大変重宝され、先任将校も道具係りとして奔走した。
--出港が近づくと、先任将校の計らいで乗組員全員に酒が振る舞われた。先任にも酒が振る舞われ、酒を飲まなければ士官ではないという信念の下、全て飲み干した。
酩酊状態となった先任は4、5人の乗組員によって部屋へ担ぎ込まれ、明日の甲板掃除は無くなった。
--そして出港の日がやって来た。神風は千島列島に沿って北上。択捉島を過ぎた頃、金庫にしまってあった暗号書を取り出してソ連警備隊の動向を探った。
占守島の片岡湾に到着し、ここを基地として無線の傍受に務める。
--6月中旬の午後、日本漁船拿捕の通信が傍受された。「日本船をハリューゾフ河口に抑留す」「日本人を尋問中」と次々に情報が入ってくる。
ただちに各駆逐艦長が神風に集められ、先任将校がロシア語で解放要求の文面を書く。
翌朝、ハリューゾフの漁場に到着。「内火艇用意!特別臨検隊員整列!」号令の下、3名の臨検隊がソ連の漁場へ向かった。解放要求の書面を漁師に渡し、退却。
第一駆逐隊は圧力と威嚇のため、日本船が抑留されているであろう河口の沖合いに展開。昼間は操砲教育、夜間は照射訓練を行い、ソ連警備隊を揺さぶった。
司令官とハリューゾフ地区隊長の通信を解読した結果、「日本船を解放せよ」の一文を発見。翌日午後2時に解放され、第一駆逐隊は任務を全うした。
助けられた蟹工船は、そのお礼に大きな洗濯桶十数個に入れられた蟹を第一駆逐隊へプレゼントした。
--作戦成功を祝してか、ハリューゾフ沖でタラ釣り競争が行われた。まず大根の切れ端でカレイを釣り、それを甲板上で叩き殺してタラの餌にした。((カレイの肉は不味く、とても食えたものではないらしい。))
たまにカジカも釣れたという。士官が狙う一等の獲物はオヒョウだった。北海のヒラメと呼ばれるオヒョウは軍医長が唯一刺身にして食べる事を許可した魚で、
こぞって狙ったが滅多にしか釣れなかった。最初に釣り上げたのは機関長だった。その後、贈られた蟹をフライにして総員に振る舞われた。
士官の夕食には蟹のハサミが刺身にされて出た。そして第一駆逐隊は片岡湾に帰投した。
--しばらく平穏な日々が続いていたが7月末、神風の通信班が「日本船難破」の情報を入手。場所はカムチャッカの南端、ロバッカ岬の西岸。
神風は現場に急行したが、そこに漁船の姿は無かった。代わりに「日本人を抑留」というロバッカ岬警備隊の通信が傍受された。すぐに釈放要求文書を作成し、
ソ連軍の守備隊に渡した。ところが今回は上手くいかなかった。
抑留者をペトロに移送すべく2隻のMO艇が派遣される事になった。第一駆逐隊が航路で待ち伏せていると、いち早く日本艦隊の存在に気付いたMO艇が
救援要請を発信。フリケード艦ゼルジンスキー号が派遣された。暗号解析でゼルジンスキー号を捕捉すると「交信したき事あり」と信号を送るが、相手は無視。
4隻の駆逐艦は800トン程度のゼルジンスキー号を追跡し、しばらく追い回したが、相手はハリューゾフに行き先を変更。国境をまたがれては手出し出来なかった。
ここで抑留者救出を断念し、片岡湾に帰投する。
-1940年10月11日、横浜沖で挙行された紀元2600年特別観艦式に参加。神風は第五列に連なり、その威容を臣民に見せ付けた。
-同年11月、戦争は不可避として出師準備が発令される。神風も例外ではなく、対磁気機雷用の舷外電路が装着された。
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&size(21){1941年};
-1941年12月8日に大東亜戦争が勃発した時、神風は大湊警備府千島列島防備部隊に所属していた。既に艦歴が20年になっていた神風は当然旧式艦で、
最前線に投入される事は無かった。代わりに北海道・千島間で哨戒任務に従事。第五艦隊とともにソビエトの動向を警戒した。
~
&size(21){1942年};
-1942年1月7日からは厚岸を拠点に、北海道の南東を警備。5月29日、アリューシャン作戦支援のため幌莚を出港。アリューシャン方面の哨戒を行った。
-7月19日、千島列島温弥古丹海峡カパリ埼で座礁した球磨川丸を海防艦石垣とともに救助。石垣が曳航を担当し、幌筵島加熊別まで送り届けた。
24日、択捉島を砲撃した米潜水艦の迎撃に向かったが、発見できず。
その後、単冠湾に入港。千島列島東部で対潜掃討任務に従事した。
24日、択捉島を砲撃した米潜水艦の迎撃に向かったが、発見できず。その後、単冠湾に入港。千島列島東部で対潜掃討任務に従事した。
-北部軍調査班の輸送を命じられた神風は10月21日、柏原湾を出発。23日に稚内へと到着した。
-10月26日から30日まで、アッツ島に向かう輸送船団を支援。11月5日、再び船団を支援。作戦後の13日、大湊に入港。整備後、津軽海峡で哨戒。
-11月20日、第一駆逐隊は大湊警備府所属となり、北方海域の警備に従事する。
-11月20日、第一駆逐隊は大湊警備府所属となり、北方海域の警備に従事する。同月25日、直卒部隊に編入。
-12月1日、千島列島防備隊に編入される。同月31日午前6時、運送艦鶴見より補給を受ける。
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&size(21){1943年};
-1943年1月14日、大湊を出港し船団護衛。3月25日に室蘭へ入港した。
-5月12日、アメリカ軍の艦隊がアッツ島を包囲し上陸作戦を開始。これを受けて、米艦隊攻撃及び緊急輸送を狙って第一水雷戦隊を基幹とした迎撃艦隊を編成。
5月25日18時、幌莚を出港。上陸を受けたアッツ島の救援に向かったが、アッツ島沖で悪天候に阻まれて待機させられる。5月29日、守備隊が玉砕。
この報告を受け、神風らは幌莚に退却した。
-6月6日17時45分、カムチャッカ半島南端ロバトカ岬沖で、漁船第二長重丸を砲撃する米潜水艦S30を発見。しかし時既に遅く、第二長重丸は沈没した。
同月11日、第一駆逐隊の司令駆逐艦を沼風から継承。
-7月29日にキスカ島から守備隊が撤退し、千島列島方面はその姿を曝け出した。しかし本格的な侵攻は無く、時折米軍機の空襲がある程度だった。
しかしアリューシャン列島を失った今、千島列島及び北東方面への奇襲攻撃が懸念されるようになり防衛戦力の拡充を迫られる事となる。
-8月5日、小樽を出港。千島方面へ向かう船団を護衛する。9月19日午前8時、前回と同様に小樽を出港。キ803船団を護衛しつつ千島方面柏原に向かっていたが、
道中で利山丸が米潜水艦シーレイヴンに雷撃されて沈没している。利山丸は落伍して離れていたため、船団側は撃沈の把握に遅れた。
一方、神風は爆発音を聞いており、確認のため給糧艦白埼が分派。9月28日、北知床岬沖で大量の漂流物が発見され、撃沈が確認された。
-10月10日、春日均少佐が艦長に就任。10月29日にも同様に船団護衛。
--対潜掃討を行う神風には探信儀(ソナー)と水中聴音機が装備されていた。爆雷は約100個搭載し、45個が上甲板に、残りは爆雷庫に収納。
ソナーを防護するドームを持っていなかったため、爆雷投下の際にはソナーを引き上げなければならなかった。
-12月17日、大湊に入港。入渠して整備を受ける。翌18日、米潜水艦グレイバックの雷撃で沼風が沈没し渡辺司令が戦死したため、神風艦長の春日少佐が司令を兼任。
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&size(21){1944年};
-1944年2月9日から3月8日まで函館で整備。3月15日、北東方面艦隊千島方面根拠地隊に転属。船団護衛に従事し続ける。
3月30日、パラオ本島に停泊していたところへ米機動部隊の空襲を受ける。艦載機数十機が襲い掛かり、神風と運送船石廊に反復攻撃を浴びせてくる。
パラオ在泊艦艇にかなりの被害が出たが、辛くも助かった。
-9月8日、雷撃で大破した波風の救援に駆けつけ曳航。小樽まで無事に連れ帰った。
-11月25日、空母海鷹とともにヒ83船団を護衛。行く手には米艦載機や潜水艦の遊弋する危険な海域が待ち構えていた。12月3日、米潜パンパニトとパイプフィッシュの
襲撃により貨物船誠心丸が被雷、護衛の第64号海防艦が撃沈される。海南島南端の楡林港に一時避難した後、予定の航路に戻りシンガポールへ辿り着いた。
-12月15日、北東方面艦隊が解隊となったため、千島方面根拠地隊は暫定的に第十二航空艦隊に編入。17日より大湊で整備を受け、
22号電探を新たに装備した。連合軍のレーダーにより十八番の夜戦が通用しなくなった事を痛感した神風では、電探を徹底的に整備。最高の状態に仕上げた。
同時に電測学校を卒業した乙種幹部候補生が乗り込み、電探の整備に当たっている。
この改修工事の際に、旗甲板を拡張。機銃座を増設した。
--南方進出に備えて待機中、神風航海長の恋人が、大湊の旅館へ母親とともに来ている話が届いた。士官一同は「二人を結婚させてあげられないか」と
春日均艦長に要請。春日艦長はすぐに要請を聞き入れ、艦内を清掃させる。そして旅館にいる母親を説得して、士官室で披露宴を挙行させてあげたのだった。
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&size(21){1945年};
-1945年1月10日、第一駆逐隊は連合艦隊に転属。第一護衛部隊に部署した。三日後、出渠。所属の変更に伴い、瀬戸内海西部へと回航された。
1月26日、ヒ91船団を護衛して門司を出港。28日、船団をともに護衛していた海防艦久米が米潜水艦スペードフィッシュの雷撃で沈みつつあった。
1月18日、GEB電令作第356号により第一護衛部隊の指揮下に入る。26日、ヒ91船団を護衛して門司を出港。
28日、船団をともに護衛していた海防艦久米が米潜水艦スペードフィッシュの雷撃で沈みつつあった。
艦長の予備少佐が船から離れようとしない。これを見ていた春日少佐は、「いかん!通信士、すぐ行って連れて来い!」と命令。
その通信士が予備少佐を連れ帰ってきた時は手を叩いて喜んだ。商船学校出身でも海軍兵学校出身でも、国に殉じる気持ちは本物と涙したとか。
-神風は他2隻とともにスペードフィッシュを追跡したが、まんまと逃げられている。久米の他に、讃岐丸も犠牲となった。
救い上げた生存者を鎮海に送り届けると、基隆に入港した。現地で、駆逐艦天津風に赴任する約50名の水兵が神風と野風に分乗。
シンガポールに向かうには敵の勢力圏を突破しなければならず、便が無くて立ち往生していた所だった。
--作戦会議のため、馬公水交社で野風艦長・海老原中佐と会合。神風艦長の春日少佐とは同期で、親友同士であった。
海老原艦長は「春日、貴様の顔には死相が出ている。気をつけろ」と言った。負けじと春日艦長も「貴様こそ短命の相が出ているぞ」と言い返した。
互いに冗談を言っただけだったが、海老原艦長のは冗談では済まなかった。

-2月11日、馬公を出港。14日に北号作戦に参加中の第四航空戦隊と合流。翌15日まで伊勢と日向を護衛、台湾海峡を北上した。
しかし荒天により18ノットの速力を出すのがやっとで、艦隊についていくだけでも一苦労だった。
だがこの荒天は、第四航空戦隊を敵の大型爆撃機から守った。馬祖島で艦隊が仮泊した時、「もう心配は無い」と言われ、帰還を命じられた。
このため、当初の予定通りシンガポールへ向かう。道中、2月20日午前3時過ぎの事だった。春日少佐が仮眠を取っていると、突如轟音が鳴り響いた。慌てて艦橋に飛び出すと、
約500m離れたところで巨大な水柱が立っていた。カムラン湾近海で右後方を走っていた野風が米潜水艦グレイバックの雷撃を受けて、轟沈したのだ。
すぐに20ノット以上に増速し、左ー急転舵したが、既に野風の姿は無かった。神風は対潜掃討を行い、爆雷を投下したが手応えは無かった。
その後、海老原艦長以下21名の救助に当たった。前々から野風と神風の乗員は大変仲が良く、
野風の沈没を悲運と称した。海老原艦長は冷蔵庫を浮き輪代わりにして救助を待ち、腹が減ったからと中の生肉を取り出して食べたとか。
-米艦隊に封鎖された危険な海域を突破し2月22日、シンガポールへ入港。翌日、第十艦隊司令福留中将が来艦し、艦内を巡視した。
血気盛んな神風乗員は、勢いを増す英東洋艦隊と一戦交えてみたいと考えていた。
--神風と一緒にシンガポールに辿り着いた海老原艦長は第十艦隊付けとなったが、やがて横須賀鎮守府に転属命令が出て内地へ帰る事になった。内地行きの小型船団に便乗したが、
3月29日に仏印沖で米潜の雷撃を受けて戦死。春日少佐の冗談が的中してしまった瞬間だった。
--第一駆逐隊の僚艦である汐風、朝顔もシンガポールへ向かっていたが燃料不足により合流に失敗。神風は唯一進出に成功した艦となった。

-北号作戦により、南方に残っていた有力な艦艇は全て出港。神風は、シンガポールで唯一稼動可能な駆逐艦だった。同様に稼動が可能だった重巡足柄や羽黒と
訓練する機会に恵まれ、より錬度を高めた。セレター軍港は外地最大の軍港であったが、戦える艦艇は少なかった。
既に本土との連絡は断たれ、現地の部隊は自給自足を強いられていた。
--大破して戦力にならない[[高雄]]と[[妙高]]、艦首を大破している駆逐艦天津風も停泊していた。天津風は3月19日に出港。内地への決死の逃避行を始めている。
-4月1日、戦没艦が相次いだ事で第一駆逐隊は解隊。神風は単独で連合艦隊に所属し、第十艦隊第五戦隊付属となった。
アメリカ軍が沖縄に上陸した事で、海空ともに本土と南方軍が遮断された。孤立した陸海の南方軍は寺内元帥の下で指揮系統が一本化され、
防御を固めて長期戦の構えを取った。
-同月9日、神風は羽黒を護衛して出港。ジャカルタを目指す。シンガポール防衛のための兵力輸送と、ジャワ島の抗日勢力に圧力を掛けるのが目的だった。
11日午後6時、ジャカルタに入港。ここで陸軍部隊約700名を収容。敵の目から隠すため、暗くなってから収容作業を行った。
-神風は単独でサイゴンへの輸送任務に従事。5月5日、シンガポールに戻ってきた。三日後、唯一の同盟国だったドイツが降伏したため
シンガポールに停泊していたUボート6隻の接収が行われている。
-シンガポールの西方にあるアンダマン諸島では陸軍の部隊が孤立していた。物資も欠乏しており、陸軍第七方面軍から補給の要請を受けた第十方面艦隊は
稼動状態にある重巡羽黒と神風を投入。第101海軍工作部のドックに入渠し、物資の積載量を少しでも増やすべく、武装の一部を降ろしている。
居住区を物資で埋め、上甲板まで物資が積み込まれた。空いた場所には25mm単装機銃を大量に取り付け、そして帰路には傷病兵を乗せて帰る予定だった。
5月9日、アンダマン諸島へ兵員や物資を輸送する重巡羽黒を護衛してシンガポールを出港。艦長の春日少佐はデング熱により艦長室で寝たきりの状態だった。
神風が羽黒の前路警戒を行い、之字運動をしながら18ノットの速力で進んだ。
--5月15日、天候は晴れ渡っていた。やがて哨戒のB-24に発見される。羽黒の砲撃で一時は退避したが、すぐに戻ってくる。13時半、第十方面艦隊長官より
「味方飛行機の偵察によれば、敵大巡1隻、駆逐隊2隊、サバン島南を南東に航行中、速力16ノット」との報告を受ける。しかし一時間後、
「敵艦隊反転」との情報が入った。夕方頃からスコールが発生するようになり、視界が悪くなりつつあった。
-翌16日深夜、間もなくマラッカ海峡に差し掛かろうとした時、神風の当直将校は第一戦速を命令。
僚艦の羽黒が速力を上げ、1000m以上の距離が開いたからだった。その後、羽黒から連絡電話が掛かってきたが、今ひとつ聞き取れなかった。
五分後、羽黒は突然面舵に転じた。イギリス第26駆逐隊のレーダーに捕捉され、午前2時10分に第二次世界大戦最後の水上戦闘ことペナン沖海戦が生起。
搭載量増加のため魚雷発射管を外していた神風に決定打は持ち得なかった。煙幕を張って、羽黒をかばいつつ懸命に抵抗するが、戦況は非常に厳しかった。
神風も右舷後部の居住区に命中弾を受け、ドラム缶に載せていた燃料や弾薬に引火。ラッタルを駆けていた乗員が吹き飛ばされ、27名が死亡。14名が負傷した。
被弾した居住区にはアンダマン部隊向けの米40トンが積載されていたが、生じた破孔から海水が浸入し水びたしとなる。そこへ兵員の血塊が飛び散り、
むごい状態と化していた。
老練の砲術長から砲撃の許可を求められるも、砲撃するには探照灯を照射しなくてはならない。この闇夜で照射すれば、敵に自らの位置を喧伝し集中砲火を受ける恐れがあった。
肝心な魚雷も無い神風は、ひたすら暗闇に隠れてやり過ごすしかなかった。春日艦長は攻撃を命じなかった。
-たった2隻で強力な敵駆逐隊に挑み続けたが、やがて羽黒から離脱するよう命じられる。午前2時50分、レーダーが捉えた陸地の方角へ退却し始める。
煙幕とスコールに身を隠しながら、戦域を離脱。
戦場に残された羽黒は、雷撃により沈没。辛くも包囲網を突破した神風はペナンに逃げ込んだ。その後、物資と遺体を降ろし燃料補給を済ませると再び出港。
ペナン基地が放った2機の水偵に誘導されて現場海域に舞い戻り、漂っていた羽黒の生存者320名を救助。日没ぎりぎりまで救助活動を続け、艦内はすし詰めとなった。
そして生存者をペナンまで連れて帰った。神風の乗員を守り、羽黒の生存者をも救出した春日艦長であったが、僚艦羽黒を見捨てた事が彼の胸に重くのしかかった。
-6月4日、今度は重巡足柄を護衛してセレター軍港を出港。英印軍の猛攻で、タイに向かって敗走しているビルマ方面軍を支援すべく、増援部隊を送ろうと考えていた。
その一環としてアンダマン・ニコバル諸島やスマトラ、ジャワに散在する戦力を撤収し、かき集める必要があった。
翌5日、バタビアに入港。陸軍部隊と物資を積載し、シンガポールへ踵を返した。敵潜水艦に有利な夜の航海を避けるため、神風が先発。夜明けを待って足柄が出港という形を取った。
ところが、この動きは米潜水艦に監視されており、付近を哨戒していた英潜水艦トレンチャントにも情報が届いた。米英の合同部隊は、2隻に狙いを定めた。
用意周到な事に、敵の潜水艦は漁船に偽装し神風の周辺を遊弋していたのである。それらが一斉に潜航するのを確認した神風の見張り員はすぐに報告の声を上げた。
まず神風に向かって3本の魚雷が放たれた。回避に成功した神風は足柄に警戒を促すと同時に対潜掃討を実施。しかし神風を狙った敵潜水艦は囮だった。
6月8日0時37分、バンカ海峡でトレンチャントの襲撃を受け、足柄が沈没。神風の注意を引き付けた上で、大物を仕留める敵の作戦にまんまと乗せられた形となった。
神風の乗員は怒り狂い、爆雷攻撃を進言したが春日艦長が制止した。「いかん、人間のいるところでは絶対にいかん!離れたところへ、威嚇のため爆雷を投下せよ」と命令。
泳いでいる足柄の生存者を慮っての命令だった。対潜掃討後、敵潜水艦に睨まれながら救助活動を実施。乗組員853名と便乗の陸兵400名を救助。
この時、春日艦長は「これで運送屋やったら大儲けだな」と呟いたとか。小柄な神風に4000名以上の人間が乗り込み、ぎゅうぎゅう詰めとなった。上甲板にまで兵員が溢れた。
日差しが強くなると、みんなが日陰の方へ逃げようとするため艦が大きく傾く始末であった。
何とか潜水艦の魔手から逃れ、シンガポールに入港した。足柄の沈没を以って、シンガポールで戦える艦は神風ただ1隻となってしまう。
6月12日、タンカー東邦丸を護衛してシンガポールを出港するも、三日後にB-24の爆撃を受けて東邦丸が沈没。神風も損傷した。
泳いでいる足柄の生存者を慮っての命令だった。
--対潜掃討後、敵潜水艦に睨まれながら救助活動を実施。乗組員853名と便乗の陸兵400名を救助。
この時、春日艦長は「これで運送屋やったら大儲けだな」と呟いたとか。小柄な神風に4000名以上の人間が乗り込み、ぎゅうぎゅう詰めとなった。
上甲板にまで兵員が溢れた。日差しが強くなると、みんなが日陰の方へ逃げようとするため転覆しかねないほど大きく傾く始末であった。
時には直進すら困難になる。このため甲板士官が強引に日なたの方へ引っ張った。ラッタルまでぎゅうぎゅう詰めなので、艦橋の人間は厠に行けない。
仕方ないので、春日艦長はオスタップ(洗面桶)を用意し臨時の厠とした。

-何とか潜水艦の魔手から逃れ、シンガポールに入港した。足柄の沈没を以って、シンガポールで戦える艦は神風ただ1隻となってしまう。
南西方面艦隊の艦では神風が唯一の大正生まれの艦だった。

-6月12日、タンカー東邦丸を護衛してシンガポールを出港するも、三日後にB-24の爆撃を受けて東邦丸が沈没。神風も損傷した。
またしても護衛任務に失敗し、生存者200名を救助して退却する。
--6月のある日、夜の暗闇に紛れて艦橋でタバコを吸う者がいた。物資が乏しく、禁煙令が出ているにも関わらず。それを見つけた水兵が
「誰だ、タバコを吸う奴は!貴様は艦長の気持ちが分からんのか!降りて来い、焼きを入れてやる」と怒鳴りつけた。「俺が悪かった。勘弁してくれ」と
降りてくる者を見て、水兵は驚愕した。何故ならその人が春日艦長だったからだ。水兵は慌てて詫びたという。
-日本本土は連日激しい爆撃に曝され、沖縄とフィリピンは陥落して本土との連絡は途絶。戦艦大和も沈没し、何もかもが絶望的な状況であった。
帝國陸軍は仏印とマレー半島を最終防衛ラインに定め、神風はその兵力輸送任務に追われていた。シンガポールから油を積んだ油槽船を仏印に輸送し、
シンガポールは事実上孤立し、ジャワ島方面やインド洋方面への海上輸送は殆ど絶えていた。そんな中、仏印・マレー半島間の沿岸航路だけは
かろうじて生きていた。帝國陸軍は仏印とマレー半島を最終防衛ラインに定め、神風はその兵力輸送任務に追われていた。シンガポールから燃料を積んだ油槽船を仏印に護衛し、
帰り道に米を積んでシンガポールへ持ち帰っていた。敗色濃厚の戦況で、神風が高い士気と錬度を維持できたのは春日艦長の人柄のおかげと言われる。
-護衛任務の道中では、必ず米潜水艦に襲撃された。神風さえ撃沈すれば、あとは丸腰の油槽船だけである。ゆえに米潜は神風ばかり狙ってきた。
艦内は勿論、甲板にもドラム缶を満載している神風は速度を出す事が出来ず、回避には苦労した。一方、帰り道の荷物は米だけなので回避は容易だった。
-シンガポールで唯一の稼動艦となった神風は輸送任務に全力を尽くす。そんな神風に、米英軍は攻撃を集中させるようになってきた。
型落ちの旧式駆逐艦は、東南アジアに踏みとどまるラスボスとして敵に認知されていた。
アメリカ海軍の潜水艦乗りは彼を「KAMIKAZE」と呼び、要注意艦として警戒を促していた。
型落ちの旧式駆逐艦は、東南アジアに踏みとどまるラスボスとして敵に認知されていた。アメリカ海軍の潜水艦乗りは彼を「KAMIKAZE」と呼び、要注意艦として警戒を促していた。
-6月18日、8000トン級タンカーを第四号掃海艇とともに護衛してシンガポールを出港。生き残った商船の中では最大級のタンカーだった。20日正午、クラ地区に仮泊。
第四号掃海艇はタンカーに横付けし、石炭を搭載し始めた。そこへビルマ方面よりB-24爆撃機6機が襲来。掃海艇は慌ててタンカーから離れ、船団は回避運動に移った。
しかし敵の攻撃は執拗で、延べ20回に及んだ。激しい攻撃を受け、タンカーが炎上。航行不能に陥る。神風側は1機を撃墜し、13時半頃に去っていった。
-神風が救助活動を始めると、新手の6機が襲来。しかも神風を集中攻撃してきた。速力を30ノット以上に上げ、風上へ向けて変針。投弾されるたびに大角度転舵を行い、回避。
1発の至近弾により前甲板と艦橋は水浸しになり、水線下にも少量の浸水を認めたが致命傷には程遠かった。15時半、タンカーの乗員を救助して反転。セレターへ入港した。
~
-7月17日、航空ガソリンを満載した小型タンカー3隻を護衛して出港。神風自身も、ガソリンを入れたドラム缶を甲板に満載した。
漁船を改造した特設掃海艇3隻とともに護衛を務め、仏印のハッチェン港を目指して航行。いつものようにマレー半島に沿って北上し始めた。
この航路は水深が浅い所が多く、敵潜水艦の襲撃を抑えられるとして有用だった。だが一番の難所としてプロテンコール沖があった。
ここは水深30〜60mあり、必ず敵潜水艦が潜んでいたのだ。
しかしシンガポールを出港した直後、敵の哨戒機に発見される。
神風たちが進む航路は水深が浅い所が多く、敵潜水艦の襲撃を抑えられるとして有用だった。だが一番の難所としてプロテンコール沖があった。
ここは水深30〜60mあり、必ず敵潜水艦が潜んでいたのだ。既に哨戒機に発見されている事もあり、待ち伏せは不可避だった。
--その頃、バラオ級米潜水艦ホークビルは5回目の哨戒に出撃。マレー半島沿いの海域をパトロールしていた。シャム湾に差し掛かろうとした時、
フィリピンのジェームス・ファイフ准将から「日本軍の輸送船数隻が、駆逐艦カミカゼに護衛されてサイゴンに向かう(行き先は誤り)」との極秘通信を受ける。
続いて下された命令は、駆逐艦カミカゼの撃沈だった。これまでアメリカ軍の攻撃や包囲陣を巧みにすり抜けて来た神風を脅威と捉え、その排除を命じたのだ。
スキャンランド艦長は乗り気ではなかったが、命令通りに行動。岸辺にぎりぎりまで接近し、浅瀬に艦尾を向けて敵の到来を待った。
-翌18日13時、船団は予定通りプロテンコール沖に到達。そして陸地ぎりぎりのところを航行し、敵潜水艦の出現に備えた。
護衛を務める神風は単独で沖合いに進出、之字運動をしつつソナーで眼下の敵を探った。結果、反応あり。いつものように敵の潜水艦が待ち伏せていた。
その敵潜水艦こそ、バラオ級潜水艦ホークビルだった。新鋭艦であるホークビルは一早く神風の存在を探知。雷撃準備に取り掛かった。
旧式艦に過ぎない神風の命運尽きたかに思われたが……。
--さっそく雷撃を受け、6本の魚雷が扇状に伸びてくる。その瞬間、神風の艦橋にベルが1回鳴り響いた。事前の取り決めで、ベル1回は「右舷に雷跡確認」、
ベル2回は「左舷に雷跡確認」という意味が周知されていた。これは少しでも早く魚雷を発見するための、神風独特の体制だった。
雷撃される事をあらかじめ予測していた春日艦長は「面舵一杯!」と叫んだ。対応の素早さが功を奏し、全て回避に成功。20分後、神風はホークビルを探知し接近。
--魚雷を回避した敵艦を見て、「只者じゃない」と思ったのはホークビル艦長スキャンランド少佐であった。確かに名指しで撃沈目標にされるだけの事はある。
こうして神風対ホークビルの一騎打ちが始まった。神風のソナーは旧式である一方、ホークビルの装置は新式だった。
最初の雷撃から1時間30分後、ホークビルは二回目の雷撃を行う。神風に向けて3本の魚雷が放たれ、スキャンランド少佐は勝利を確信した。
雷撃後、沈みゆく敵艦を確認しようと潜望鏡を上げた。そこには、無傷で浮かぶ神風の姿が映っていた。春日艦長の「3度、面舵のところ」という命令で
魚雷は神風の2m横をすり抜け、ぎりぎり命中しなかったのだ。いわゆるチョン避けである。すかさず距離を詰めると爆雷攻撃を行い、ホークビルに有効弾を与える。
まさかの反撃を受け、驚愕するスキャンランド少佐。艦内は左右に揺さぶられ、少佐の結婚指輪は外れ飛んでしまった。ある者は自分の膝で顔を打った。
船殻がギシギシと不吉な音を立てる。既に撃てる魚雷はもう無い。慌てて急速潜行を試みるが、被弾の影響でホークビルの艦首が海上に突き出た。
そこへ神風は艦尾の40mm連装機銃を撃ちかけた。これは機銃員の独断だったという。決死の抵抗を受け、ホークビルはベントを全開にして強引に潜行。
何とか海中に身を沈めるが、強引に潜行したため浸水やバルブが破損。さらに頭上では神風から放たれるソナー音が響いた。
狩る者と狩られる者の立場が逆転した瞬間だった。少しでも音を立てれば沈められる状況だった。乗組員は極力静かに応急修理を行った。
時折、神風から爆雷が投下され、破裂音が鈍く響く。神風が頭上を通過するたびに、スキャンランド少佐は死を覚悟したという。
だが投下される爆雷は、毎回位置がズレていた。正確な場所を把握していないのだろうか。何がともあれ、ホークビルは攻撃を受け続けた。
午後11時、艦内では塩素ガスが発生。急いで浮上して換気しなければ全員あの世逝きである。だが神風からのソナー音は未だに響き、潜行を強いられる。
--一方、神風では敵潜水艦が沈んだ場所に重油や艦の破片が浮いてきた事から、撃沈したと判断。乗組員が歓声を上げた。念のためソナーで4時間に及ぶ
海中探査を行い、敵が潜んでいると思われる場所へ爆雷を投下。反応が無かったため船団護衛に戻った。
19時20分、別の米潜水艦2隻から雷撃されたが、これも回避。凄まじい強運で死地を乗り切った。
何とか助かったホークビルだったが、無線やジャイロコンパス、音響兵器、温度計等が破壊され追撃どころではなかった。日付が変わって0時30分、ようやく浮上。
死と隣り合わせの時間は終わり、スキャンランド少佐は思わず涙を流した。応急修理と後始末、上層部への報告を済ませた後、あのカミカゼに一矢報いたいと考え、
輸送船団を追跡。シャム湾まで辿り着くが、上空には日本軍の戦闘機が複数旋回していた。これを見てホークビルは追撃を断念。
満身創痍の体で、どうにか帰港に成功した。
-その後も神風は強運に恵まれた。損傷したホークビルの代わりにコッドが追跡を引き継ぎ、3本の魚雷を発射してきたが無事回避。
コッドは船団の情報を発し、バンパーが応援に現れた。コッドはバンパーに攻撃を委ねて離れていった。
バンパーは早速雷撃し、護衛対象の第三共栄丸を撃沈する。残った船舶にも雷撃を行ったが、これは命中しなかった。
この襲撃は神風と言えど対応できなかった。多くの米潜水艦や爆撃機が矢継ぎ早に襲ってきたが、神風は魚雷15本を全て回避。
敵爆撃機2機を撃墜して、シンガポールまで生還した。
~
-そして8月15日の終戦を、シンガポールで迎えた。正午、終戦を伝える玉音放送が流れた。福留中将から出頭を命じられた春日艦長は、そこで終戦の詔勅を聞く。
そして福留中将と陸軍の南方総軍から神風の数々の功績を称えた感状が贈られた。とはいえ艦隊司令部から停戦命令が届いていなかった事から、神風は作戦を継続。
翌16日、ハッチェン港へ向けて三度目の船団護衛に従事したが、敵潜水艦の出現が一切無かったため戦争が終わった事を実感したという。
-神風型9隻中、生き残ったのは神風と春風のみだった。残留していた部隊や小型艦艇の乗組員は、十三哩と呼ばれる山中に集結したが、
神風乗員だけは内地との連絡用として艦に残された。
シンガポールには大勢のイギリス兵とオーストラリア兵が進駐し、武装解除とともに身包みを剥いでいった。
-戦争は終わったが、外地には600万人もの将兵や邦人が取り残されていた。損傷が少なかった神風は10月5日に除籍され、修理。
神風はイギリス軍の管理下に置かれた。
そしてシンガポールからの引き揚げ艦第一号として、11月28日に出港。英司令部に上京を命じられた福留元中将を乗せて、内地に向かった。
道中の12月1日、復員用の特別輸送艦に指定され再就役する。8日、浦賀へ到着し武装解除を受ける。艦尾には復員兵を収容するための家屋が作られた。
1945年11月、神風は仏印のサイゴンから復員任務を始めた。連合軍の命令で10万人を超える人員を労役に就かせる事になったため、サイゴンから
連れて帰れる人数は少なかった。
黙々と復員任務をこなしていく神風。復員任務が完了すれば、賠償艦としてイギリスか中国に引き渡される可能性があった。
-ところが1946年6月7日、静岡県御前崎沖で座礁した海防艦国後を救助すべく向かっていたところ、自身も座礁して動けなくなる事故が発生。
離礁作業が行われたが、2隻とも救助不可能として放棄された。幸い、座礁による死亡者はいなかった。6月26日、復員船の指定を解除。その場にて解体され、
1947年10月31日に完了。異国の地ではなく日本の海で死を選んだかのような最期であった。
~
-戦後、ホークビルの艦長だったスキャンランド少佐は、強敵神風の艦長を探していた。1953年11月、春日元中佐(終戦時に昇進)の下へ手紙を送った。
そこには神風の健闘と春日艦長の手腕を称える文章が綴られていた。これを見て春日元中佐は安堵し、「無事で良かった」と胸を撫で下ろしたという。
こうして二人は文通を始めた。互いに会う事を希望したが、春日元中佐には妻の介護と材木商が、スキャンランド少佐は軍務があって叶わなかった。
代わりに海上自衛隊に入隊していた元神風水雷長・伊藤二佐が、神風の油絵を進呈。絵を受け取ったスキャンランド少佐は部屋に飾り、家族とともに写った
写真を春日元中佐に贈った。このやり取りは、二人が死没するまで続いたという。
-戦後に元乗組員たちの集い、駆逐艦神風会が発足。駆逐艦波風会と共同で、1987年6月20日に東郷神社へ第一駆逐隊の慰霊碑を建立している。
-余談だが、映画「眼下の敵」の冒頭にある戦闘シーンは神風対ホークビルを参考にして作られた。またアメリカ海軍では、ぎりぎりの所で魚雷を回避した神風の操艦を教本に載せている。
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